white minds

第二十八章 守るべきもの‐4

 出発を明日に控えた神技隊は、慌ただしく準備していた。宇宙で何が必要なのかなどわからないし、言われたとしても用意できるものは限られている。しかしただぼーっとしているわけにもいかなかった。だから保存食等、とりあえず思いつくものを片っ端から集め始めた。故に基地中がバタバタとした空気に覆われている。
「今日ですよね? バランスが来るのは」
 食堂で保存食の詰め込み作業に追われていたよつきが、ふと顔を上げた。その隣で物資のチェックをしていたジュリは、その問いが自分にかけられたものだと気づいて振り返る。
 そこには彼らしかいなかった。大部分の人は修行室での物資チェックにあたっているはずである。もうじきまた食料庫からの第二陣が保存食を運んでくるだろうが、それまでは少し時間があった。
 ジュリは手を止めて小さくうなずく。
「ええ、そのはずですよ。たぶんもうそろそろじゃないでしょうか? 確かリンさんたちが迎えに行っているので」
 以前と違いロックされた基地は無断で入ることができなかった。だから宮殿までこちらから出向くことになり、その役はシンとリンが引き受けたのだ。最近の二人は仲良いことこの上ないだけでなく、以前よりもずっと余裕がある。かもし出される空気には威厳すらあった。
 ジュリは扉の外へと目を向けて、何か動きはないかと確認する。ウェーブのかかった茶色い髪がふわりと揺れた。
「ああ、そうでしたか。バランス、一体どんな人がいるんでしょうかねえ」
 そんな彼女の横顔を見て、よつきは嬉しそうにそう言った。朗らかな笑顔はこの忙しさと不釣り合いだが、彼の場合は違和感ないように思われる。彼女はゆっくりと振り返り、それからかすかに微笑んだ。瞳には優しげな色が宿っていた。
「その答えはすぐ得られそうですよ」
 彼女がそう言うか言わないかという時、廊下の先からかすかに出入り口の開く音が聞こえてきた。続けて耳に届いたのはリンの楽しそうな声、そして高くて可愛らしい声だ。不思議そうにするよつきを一瞥して、ジュリは食堂を出ようとする。
「ジュリ?」
「バランスの皆さんが来たみたいですよ。行きませんか? 隊長」
 彼女はまるで誰が来たのか知っているようだった。首を傾げながらも続けてよつきは扉へと歩き出す。
 白い廊下、そこにいたのはリンとシン、そして三人の若者だった。
 リンの腕にぴたりと寄り添うようにしているのは赤毛の少女で、まだ十五、六といったぐらいだ。動きやすい服装にさっぱりとした短い髪がよく似合う。その瞳は喜びに溢れていて、輝かんばかりという表現が的確だった。可愛らしい声にも正の感情が溢れている。
 その隣にいるのは同じ年頃の、前髪を上げた少女だった。その瞳には期待と不安が入り混じっていて、辺りを右往左往さまよっている。背はそれなりに高く、華奢な印象はなかった。だがどことなく若い空気が漂っている。
 そんな二人の後ろを静かについてきているのは右目を髪で隠した青年だった。年は十六、七頃で、幼さを残しつつも落ち着いた物腰である。彼は無言だった。その顔に表れた感情も、かすかな緊張だけであった。昔の梅花を思わせる無表情に近い。
「ってあれ? バランスは三人だけですか?」
 そこでよつきは重大な事実に気づき首を傾げた。神技隊といえば五人が定番で、となるとシンとリンを含め七人いるはずである。
 驚いた彼の声に気づいたのか、五人が一斉に彼の方を見た。足音が一瞬やみ、空気の震えが止まる。
「あ、よつきにジュリ、戻ってきたわよー」
「バランス連れてきたぞ」
 まず声を上げたのはリンとシンだった。にこやかに手を振る二人に、よつきはまた首をひねる。その余裕は宇宙に行かないから、というだけではなさそうであった。妙なくらいに明るいが、無理している様子はない。
「ジュリさん!」
 次に声を発したのは赤毛の少女だった。大きな目を輝かせると、そのままジュリへと駆けより飛びついていく。目を瞬かせたよつきはその少女とジュリとを交互に見た。ジュリは特別驚いた様子もなく、少女の髪をゆっくりと撫でる。
「お久しぶりですあけりさん。その様子だと、元気みたいですね」
「うん、元気! 宇宙に行くって聞いて不安だったけど、ジュリさんやサホちゃんも一緒なんだよね? それ聞いて私安心しちゃった」
 どうやら二人は知り合いのようだった。よつきは顔をしかめ、それからポンと手を叩いて相槌を打つ。
「ああ、ひょっとしてリンさんファミリーという奴ですか?」
「あ、察しがいいですね、隊長。そうです、あけりさんは小さい頃からリンさんたちと一緒にいた、妹みたいなものですよ」
「なるほど、それで合点がいきました」
 彼はもう一度相槌を打った。知り合いがいるとなれば不安は大分軽減するし、トラブルも少なくなるだろう。知らない場所で知らない者同士が協力するのは大変なことだ。その可能性が少しでも小さくなるなら幸いである。だからリンたちにも余裕があったのかもしれない。
「ところであけりさん、バランスって五人いますよね? 他の二人はどうしたんですか?」
 するとジュリがそう尋ねた。歓喜に顔を輝かせていたあけりは、はっとした顔で手を離す。それから手をぱたぱたとし口を開いた。空気を含んだ赤毛が耳元で跳ねる。
「そうそうそれなんだけど、実はユキヤくんが一人で勝手に飛び出しちゃったの。ミケルダさんに挨拶したいからって。それを雷地らいちくんが追いかけて行っちゃって……だから二人が戻ってきたらここ開けてあげなきゃいけないんだ」
 説明して困ったように顔をしかめるあけりに、ジュリは優しく微笑みかけた。そのユキヤと雷地というのが残り二人の仲間だろう。
「なかなか楽しそうよね、バランスの仲間たちって」
 横でリンがくすりと笑い声をもらす。それどころじゃないと言わんばかりに眉根を寄せたバランス三人は、一斉に彼女の方を見た。だがそれでも彼女は余裕の笑みを絶やさなかった。
「大丈夫、すぐに来るわよ。その前にちゃんと準備をしておいた方がいいんじゃない? 出発は明日なんだから。ねえ? シン」
「ん、そうだな」
 微笑みあう二人にはやはり余裕があり、よつきとジュリは顔を見合わせた。
 不思議だ。だが不自然ではない。何故だか心地よい空気がそこにはあった。よつきは吐息をもらし、二人を見やる。
「乗り切っちゃうと強いんですかね。そうですね、私たちは引き続き食堂にいますから、誰か来たらわかりますよ。だからバランスの皆さんも準備を始めていてください」
 一体何が起こるわからない状況で平静でいるには、何が必要なのだろうか? 準備か、心構えか、それとも信じられる何かか。
 彼は何とも無しにジュリを一瞥しながら考えた。
 明日の今は既にここにはいない。けれども落ち着いていられる自信が、彼の中にも確かに芽生えていた。
「そうですね、その方がいいですね」
 続けて放たれたジュリの声もいつものように朗らかだった。
 彼らを包む空気も、温かだった。

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