white minds
第二十八章 守るべきもの‐6
「見送りはここまでだ」
宮殿へと続く道の半ばで、ラウジングは立ち止まった。芝生の合間に長々続く道には、彼ら以外に人影はない。
ラウジングと会うのはしばらくぶりだった。忙しいのだろうとは思っていたが、また案内役として再会するとは奇遇である。肩程の髪、戦闘には向かないゆったりとした服は相変わらずだ。だが以前よりもずっと顔色が悪く、背中からは疲労が色濃く滲み出ていた。それもここしばらくの五腹心との戦いを考えれば疑問はないが。
「まあ宮殿へぞろぞろ入るわけにも行かないからな」
そう答えて滝は苦笑気味に口の端をかすかに上げた。ピークス、ゲット、バランスを見送るためついてきたのだが、これではあまり意味がなかったかもしれない。彼の他にもレンカ、リン、シン、そして梅花と青葉がやってきていた。梅花は今日で六つになるレーナを抱きかかえている。
「滝先輩、わたくしたちは大丈夫ですよ。だから先輩たちは基地に戻っていてください。無事目的の星に到着すれば連絡は取れるみたいですし」
空気が重くなる気配を感じたのか、よつきが慌ててそう付け加えた。ラウジングが少しほっとしたように頬をゆるめ、荷物を背負った神技隊たちを見やる。
「そうだよな。こっちだっていつ何が起きるかわからないんだからな」
「そうですよ、むしろそっちの方が大事なんですから。わたくしたちのことは気にしないでください」
不自然な会話が、風に流されて消えていく。
滝もよつきも核心には触れないでいた。ともにこの基地で暮らし始めてもう半年以上になる。離ればなれになる不安は、ただ戦力面だけでなく何か別の理由からも生じているのだろう。だがそれを二人はあえて口にしていなかった。
慣れとは恐ろしい。
そう言っていたのは誰だったろうか? そこからいなくなるという事実を心が受け入れてくれないのは、ともにいることが当たり前になっていたからだ。
よつきはゆっくりと息を吐き出し、重い荷物を背負い直す。
「そう硬くなるな。不安は力をそぎ、精神を消耗する。お前たちは一人ではないのだからそう緊張する必要はないんだ。それにこっちにはわれが、宇宙にはシリウスがいるからな」
そんな中、凍り付きかけた時間を温めたのはレーナだった。誰が作ったのかわからない可愛らしい服を着た、一見普通の六歳児。だが口にすることはそれまでと全く変わらなかった。そのギャップにはやはりいつまでたっても慣れそうにない。
「そ、そうですよね」
「っておいよつき、今笑いを無理矢理堪えただろう?」
「いやあ、だって吹き出さずにはいられないですよ、普通。ほら、ジュリだって苦しそうじゃないですか」
「お前たちなあ」
事情についていけていないのはラウジングとバランスの五人だった。怪訝そうな瞳で二人のやりとりを眺めている。だが短時間で説明できる内容ではなかったので保留中だ。そのうち話せばよいだろう。
「そろそろ時間だぞ」
わけわからん、という言葉を顔に貼り付けて、ラウジングはやや苛立った声でそう告げた。すると突然皆は真顔に戻り、彼へと視線を向ける。
「そうですね。では先輩たち、わたくしたち行ってまいります」
よつきの声が清々しい空気に吸い込まれた。温かな風が彼らを包み込み、自然の匂いをもたらしていく。
滝はうなずいた。何も言わずに、静かにうなずいた。まるで何かの儀式のようにさしだした手を、よつきはしっかり握る。
ただ生きて再会せんことを。
それは唯一の誓いだった。
ラウジングに連れられて宮殿へと入ったよつきたちは、行き先も知らぬまま歩かされた。階段を上り、大きな部屋に行き、それから神界へと踏み込んでいく。
白に覆われた神界には目を見張るしかなかった。別世界という言葉がぴったりである。建物も、道も、揺らめくような真珠の輝きで満ちていた。
「その宇宙船というのはどこにあるんですか?」
「奥の間だ。普通の神は立ち入れないことになっているが、今回は特別だ。だからうるさく騒がないようにしてくれ」
今日は言葉数少ないラウジングも、疑問には答えてくれた。どうやら宇宙船というのは神もそうそう目にしないものらしい。固唾を呑んだよつきは、右隣のジュリとこっそり目を合わせる。
何だかすごそうですね。
宇宙船もすごいんでしょうか?
目で語り合った二人は、それを口には出さずにただラウジングの後をついていく。その後をたく、コスミ、それにゲットとバランスが歩いていた。
期待と不安が彼らの胸を埋め尽くす。
が―――
「……え?」
案内された奥の間にあったのは、予想をはるかに超えた代物だった。息を呑み唖然とする程に、それはすさまじいものだった。
ごつごつとした印象の宇宙船は、巨大な穴に埋まっていた。濁った灰色の壁面に光沢はなく、所々変色してさえいた。まさかサビというわけではないだろうが、古そうな印象ではある。
「まさか、発掘したばっかりというわけではないでしょうね?」
思わずよつきはそう尋ねた。渋い顔をしたラウジングは何も言わずに、ただ首を小さく横に振る。
彼も驚いているらしい。それだけは確かだ。皆が皆、この宇宙船を驚愕の瞳で見つめている。
どう考えてもこの船は宇宙を飛べそうにはなかった。何かで破壊された穴に埋まった、船の遺跡にしか見えなかった。歴史保存のため残しているといわれても疑問に思わないだろう。
「発見されたのは、大分前だ。まあ、修理したのは、最近らしいが」
ぎこちない声で答えるラウジングの双眸は、宇宙船の端から端を行ったり来たりしている。この気持ちは言葉には表しにくい。先行き不安、というのが最も近いか。
「神技隊、来てくれたか」
そこへ背後から穏やかな声がかかった。彼らが慌てて振り向けばそこにはアルティードの姿がある。落ち着きの中にも優しさを秘めた笑顔は見る者を安心させる。
しかしよつきは何と言うべきかわからなかった。応えようにも、宇宙船の姿が脳裏に焼き付いて邪魔をするのだ。無理矢理浮かべた微笑も、さぞぎこちなく映ることだろうと彼は思う。
「すまないな、こんな船しかなくて。我々はこういったものをほとんど使わなくてな。大したものは残っていないんだ。これでも最もましな奴、と言ったら驚くだろう? だがそれが事実なんだ」
さらなる衝撃が神技隊を襲った。せっかく押し込めた嫌な想像が全てたたき起こされたようになる。
戻ってこられるのか? いや、そもそも辿り着けるのか?
目眩を覚えそうだった。
「ぶ、無事目的の星には辿り着けるんですよね……?」
失礼だとはわかっていても尋ねざるを得なかった。アルティードは少し苦笑しながら彼らの間に入り、よつきへと顔を向ける。
「それは大丈夫だ。実はな、この船の下には亜空間への入り口があって、そこを通ればイレイ連合の端のあたりまで一気に飛べるのだ。そこから目的の星、シリウスのいるメデスへは六時間程だ。だから心配する必要はない」
落ち着かせるよう説明するアルティードをよつきは見つめた。なるほど、それなら一番難題だと思われる大気圏突破は大丈夫らしい。
「そのメデスという星には簡単に入れるんですか?」
そこへ真顔のジュリが割って入ってきた。アルティードは彼女を一瞥すると、やや口角を上げながら長い前髪をかき上げる。
「それも大丈夫だ。メデスはイレイ連合への出入り口を担っていてな。しかも我々神の管理が行き届く数少ない星の一つだ。帰りの船はそこで手配してもらうといい。全てはシリウスに任せている」
ようやく神技隊に安堵の表情が戻ってきた。そこまでちゃんと考えていてくれてるのなら心配はないだろう。よつきとジュリは顔を見合わせ、それから後ろの仲間たちを確認する。
「さあ時間はあまりない、すぐに乗り込んでくれ。ラウジング、簡単な説明を頼めるか?」
「はい」
急ぐラウジングの後を彼らは追った。
船の周りでは小さな光が幾つも点滅していた。