white minds

第三十二章 歪みし始まり‐5

 基地の入り口で、シンとリンは青葉たちの帰りを待っていた。
「遅いよな」
「まあね。でも頼み込むのが彼らだからねえ。アルティードさんにうまく会えたらいいんだけど、ケイルさんたちなら大変じゃない?」
 青々とした空を見上げれば、ゆっくりと雲が流れている。のどかな光景だ。だが初夏にしてはやや肌寒い風が二人の間を通り抜けていた。無意識に腕を抱くリンを、シンは横目で見る。
 もう皆の傷は塞いであった。だが血液も精神も足りない者がほとんどだった。そうなってしまえば二人にできることは何もない。レーナには、何があるかわからないのだから今のうちに休め、と言われているが、だからといってただぼーっとしている気分にはなれなかった。だから待つことにしたのだ。
「何もなければいいんだけどね」
 つぶやく彼女の横顔は憂鬱そうだった。見返りなしに協力してくれるとは思えない、というのが梅花の話だ。それが何かは予想はできない。また面倒な仕事を押し付けられてくるのだろうか?
「あ、この気は」
 だが唐突に顔を上げて、彼女は口を開いた。そして彼のほうを振り向き、瞳を輝かせる。
「この気? あっ」
「ね? ラウジングさんよ。たぶん交渉が成功したんだわ!」
 二人は顔を見合わせた。紛れもない、基地へ向かって近づいていくるのはあのラウジングである。ということは青葉と梅花は無事アルティードに会えたのだろう。安堵の息が意識せずとももれる。
「まさか、ずっと待っていたのか?」
 ラウジングが地上に降り立ったのは、それからすぐのことだった。風で乱れた髪を整えながら、彼は目を丸くしている。
 その右手にはやっと両手で抱えられるくらいの箱があった。だがそれで全員分とも思えない。異次元ケースか何かだろうと、シンはめぼしをつけた。
「ええ、一応ね。あなたが来たってことは、交渉成立と思っていいのかしら?」
 微笑むリンの言葉に、複雑そうな顔でラウジングはうなずいた。どことなく哀れみのにじみ出る瞳に、シンは首をかしげる。
「ああ、そうだ。条件は聞いているか?」
「条件? 聞いていないけど」
 シンとリンは顔を見合わせた。今の言いぶりからするとかなりの難問らしい。固唾を呑みながら、苦い顔をするラウジングを二人は見つめた。
「条件はアユリの子だ」
 重い口を開くように、ラウジングはそう告げた。その意味が瞬時には飲み込めず、シンとリンは目を瞬かせる。
「……えっ?」
 数秒後に、間の抜けた声をリンが上げた。驚愕に見開かれた瞳は信じがたいと訴えている。ラウジングはゆっくり首を横に振りながら、大きなため息をついた。
「嘘ではない。ケイル殿たちがそう条件を出した、彼らは呑んだ」
「ちょっ、ちょっとまってよ! 子どもって、そんな――」
「神としての子だ。転生神の子」
 リンは唇を振るわせていた。シンにもかける言葉はなく、ただ重苦しい息だけが口からもれる。
 神としての子。転生神の、子。
 予想していなかった事態だった。しかもそれを青葉たちは呑んだというのだ。何をどう言っていいのか、さっぱりわからない。
「そう、わかったわ」
 しかしリンは突然静かにそう言った。驚いてシンは彼女の方を振り返る。
「梅花たちが納得したのなら、私たちがどうこう言うべきことではないもの。その気持ちをくんで、すぐに受け取るのがこの場の最善ってところよね」
 微笑む彼女を、彼は唖然とした顔で見つめた。いつもながらその適応能力には驚かされる。いや、切り替えとでもいうべきか。それはラウジングも同じだったらしく呆然とした顔をしていた。立ちつくした彼の髪を、強い風がなでつけていく。
「とにかく中に入りましょう。あ、もちろんラウジングさんも手伝ってくれますよね?」
「て、手伝う?」
「輸血の準備。人手足りないんだから」
 朗らかに笑う彼女を強いとシンは思う。彼は薄緑色のカードを取り出すと、それを入り口横の読みとり機に通した。空気の抜けるような音と同時に、扉が開かれる。
「大して役には立たないが……」
「いいんですいいんです、すぐ動けるなら」
 ラウジングの袖を掴んで彼女は基地の中へと引っ張った。二人に続いてシンも中へと戻る。
「そうだ、一つ言い忘れていた」
 扉が閉まると、ラウジングははたと思い出したように声を上げた。そんな彼を不思議そうにリンが見やる。
「何ですか?」
 彼女の代わりにシンが尋ねた。一旦間をおき、ラウジングは口を開く。
「お前たちのところに来るのは、血液だけではない」
 思わせぶりな発言にシンは顔をしかめた。それでは他にも何かあるというのだろうか?
「残された最後の神技隊が、明日お前たちと合流することになっている」
「え?」
「第二十二隊ナチュラルだ。戦力が減って困っているだろう? お前たちに死なれてはまずいからな。あのご老人たちも納得したらしい」
 さらに神技隊が増える。
 それは願ってもないことだった。今まともに戦える者は数える程しかいなかった。ストロングでは滝だけ、彼らスピリットではシンとリン、ローライン。シークレットでは青葉と梅花。ピークスではよつきとジュリでゲットはアキセだけだ。バランスではユキヤ、雷地、あけりが残っている。何とかブラストを封印したとはいえ、その代償は大きかった。ビート軍団が無傷なのはありがたかったが。
「それは、本当に助かります」
 シンは深々と頭を下げた。心から出た言葉だった。ブラストを失った五腹心がどう動き出すかはわからない。しばらくなりを潜めてくれるのか、それともこの隙をつこうと躍起になってくるのか。不安ばかりが増して収まることはない。
「お前たちには感謝してるからな。本当はもっと手をかしてやりたいところなんだが、まああのご老人たちがいるからなあ。すまないと思っている」
 ラウジングは苦笑した。ご老人たち、というのはおそらく産の神のことだろう。いまだに神技隊のことをよく思っていないらしく、こういう問題がある度に首をもたげてくる。
「では行くか。あまり待たせるとよくないのだろう?」
 そう言うラウジングに、シンはうなずいた。
 三人は歩き始めた。

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