white minds

第三十二章 歪みし始まり‐10

「五腹心が動き出した。彼らは強行突破で封印を解くつもりらしい」
 駆け込んできたレーナがそう口にしたのは、十一日のことだった。朝早い時間だったためか、司令室には梅花と桔梗、あとはよつきとジュリくらいしかいない。
「封印を解く?」
 モニター前に座っていたよつきが声を上げた。部屋の真ん中に現れたレーナは、彼の方を振り向いて相槌を打つ。いつもの余裕の笑みはなく、神妙な眼差しをしていた。よつきは首を傾げながら眉をひそめる。
 確かに五腹心は常にそのために動いていた。だがそれが難しいからこそ今まで戦ってきたのではないのか? 地球にある『鍵』を狙う一方で精神を蓄えてきたのではないか? 何故今急に動き始めたのか、きっかけらしいものは思い当たらない。
「大量の精神が集まった……とは考えにくいから、誰かを犠牲にするつもりだろう」
 レーナの返答に、よつきとジュリは顔を見合わせた。こちらも切羽詰まった状況だが、それはあちらも同じだったらしい。しかしそれはどうにも妙な気分だった。両者が焦るなんてことはあるのだろうか?
「この状況で宇宙へ行くのは無謀なのだがな」
 苦い顔をするレーナがこちらの現状をよく表していた。うなずきながら、よつきも顔をしかめる。
「それは、やはり宇宙でなんですか?」
「場所はどこでもいいはずだが、まさか奴らも地球なんていう不利な場所は選ばないだろう。となると出向かわねばならない。レンカのことばらすわけにはいかないから、滝は出せないし。本当まいったな」
 このときばかりはよつきも彼女の苦悩を読みとることができた。今必死に戦力について考えているはずだ。
 レーナの言う通り、滝を出すわけにはいかなかった。となれば転生神組はシンとリン、青葉と梅花だけになるだろう。ローラインやアキセは相棒がいないため迂闊には出せない。バランスの三人は一セットにできるとして、残りは二日前やってきたナチュラルだけだ。自分たちを入れても十四人。
「絶望的ですね」
 思わずよつきはそうもらした。レーナが苦笑して、かすかに首を縦に振る。
「そう、かなり絶望的だ。我々ビート軍団がいてもかなり厳しい。なんせあちらはどれだけ部下が殺されようとも、とにかく封印を解けばいいのだからな」
 彼女の言葉に今度はよつきがうなずいた。そこが違う。彼らは絶対に、転生神を失うわけにはいかないのだ。
「すぐに出発するから戦えるメンバーを集めてくれ。怪我人抱えて飛ぶわけにもいかないから基地は残しておく」
 彼女がそう言い終わるか否や、ジュリが立ち上がり扉の方へと駆けていった。その行動の早さに舌を巻きつつも、よつきもゆっくりと席を立つ。
「私も行くとなると、この子どうしようかしらねえ。まさか滝先輩にあずけるわけにもいかないし」
 するとそれまで黙っていた梅花が困ったようにそうつぶやいた。よつきは振り返って彼女を見ると、穏やかな微笑を浮かべる。
「メユリちゃんに任せるといいですよ。小さい子の世話も慣れてるみたいですから。いざとなったらアキセやローライン先輩もいますしね」
「ああ、そうね」
 それでも梅花の顔が曇ったままなのを、よつきは見ないふりをした。戦わずにいられるに越したことはないが、今はそうも言ってられない。
「すぐに戻ってくるから、ちゃんと待っててね」
 言い聞かせるような言葉を背中に、彼は司令室を飛び出した。静まりかえった廊下が何だか恨めしかった。




 転移で駆けつけた先には異様な光景が広がっていた。人のいない荒れ地の星、それを無数の魔族が覆っている。
「これが全員、魔族」
 思わず陸はつぶやいた。話には聞いていても、魔族と対面するのは初めてだった。それがこれだけの数となると、気持ちを奮い立たせようにも拳が震える。
「時間を稼げればいいと、とにかく数を集めてきたな。この間の戦いで大分減らしたと思っていたのだが」
 彼の前にはレーナが立っていた。対魔族の戦闘が初めてであるナチュラルを気遣ってか、彼らの前に立つ姿には威厳すら感じられる。
 こんなに小さいのに。
 華奢な体は折れそうな程で、一見しただけではその強さはわからない。だが誰に話を聞いてもいつ聞いても『頼りになる』の一言は消えなかった。
 みんながいるから大丈夫だと、陸はそう自らに言い聞かせた。相手は下級の魔族であって五腹心ではない。五腹心のいる場所への道をあける、それが役目。
「突破するのはわれとアース、そしてシンとリンだ。他は周りを頼む。数だけで来てるからな、広範囲の技でいけよ」
 レーナはそうはっきりと言いきった。五腹心のいる場所はこの魔族の群れの先だ。だがここからではその姿を確認することはできない。気だけが、その存在を主張している。
「行くぞ」
 レーナが駆けだしたことが、戦闘のきっかけとなった。彼女の行く手に立ちふさがる魔族が数人、赤い光弾を放ってくる。だがそれを避けることは彼女には造作もないことだった。難なくその横を通り過ぎてすぐに背中が見えなくなる。
 これからが本番。
 陸は自分に言い聞かせた。攻撃を避けられて慌てる魔族へ、彼は炎の剣を向ける。ミケルダ相手に修行を重ねてきた。ここで足手まといになるわけにはいかないし、そのつもりもなかった。いつも通り、と彼は自らにつぶやく。
 魔族の動きは案外のろかった。剣を振るえばそれは見事に直撃し、悲鳴とともに敵の姿が減っていった。
 行ける。
 彼は自らの腕を信じた。いつの間に追い抜かれていたのか、背後にシンたちの姿はない。前では青葉と梅花が、横では同じナチュラルの四人が戦っていた。
 とにかく前へ突き進め。陸は念じながらひたすら剣を振るう。この場にいる仲間が近距離向きばかりなのがやや痛いが、考えれば青葉の弟子みたいなものなのだから仕方ないだろう。
「うわあっ」
 だがそこで小さな悲鳴を耳が捉えた。その方を一瞥すれば、シンセーが数人の魔族に取り囲まれているのが目に入る。迷わず陸は彼の方へと素早く跳躍した。
 シンセーはまだ十六で、血気盛んだがいざというとき弱気な面がある。また、パニックになると手をつけられないという問題点もあった。
「こっちだっ!」
 陸の剣が、そのうち一人の魔族の胴を切り裂いた。叫びが鼓膜を振るわせ、同時にシンセーが歓喜の表情を浮かべる。
「陸っ」
「シンセー、頭引っ込めて」
 続けて繰り出した剣が、残る魔族二人の腕を次々と切り落とした。師匠には事欠かなかったため、剣術には自信がある。
「陸っ!」
 しかし次のシンセーの声には、危機を伝えるものがあった。視線だけ向ければ、白い光弾がすぐ側まで迫ってきている。
 間に合わない!?
 まだ二人の魔族は死んでいないから背中は向けられない。陸は歯を食いしばり、左手を犠牲にしようと手を伸ばした。
 だがそれを、鋭い痛みが襲うことはなかった。
「まさかこれくらいでやられたりしないよな?」
 彼と光弾との間に、立ちふさがる者がいた。自分と同じくらいの背の高さ、体格、それなのに放つ気には雄々しさが秘められている。あっ、と声をもらして陸は息を呑んだ。
「兄さんっ」
「相手は人数多いんだから、気を逸らすなよ」
 光弾は青葉によって霧散させられていた。その手には薄紫色に光る、見慣れない剣がある。青葉はそれを器用に操りながら迫る魔族、光弾を次々と薙ぎ払っていた。よく見れば味方へ向かって跳ね返った光弾を、梅花の結界が受け止めている。
「一人で戦うな、最低でも二人で戦え。相手が多けりゃ死角を突かれる可能性がある」
 そう声高に言いながら、青葉は次々と魔族を切り払っていた。それはただ強いというよりは、無駄のない動きに見えた。経験を積んだ者がかもし出す自信が垣間見える。
「走れ、レーナたちはずいぶん先だぞ。ほらお前ら走れ! 大丈夫、オレや梅花がいるから」
 発破をかけながら青葉は大きく跳躍した。それと同時に白い光の柱が数本、空へと突き上がる。それは器用に神技隊らを避けて、魔族を飲み込んだ。断末魔の悲鳴が鼓膜を振るわせていく。
「梅花、先輩?」
 言われた通り走りながら、陸はその技の主を凝視した。彼女は舞うように地を駆けながら辺りへ視線を巡らせ、次々と透明な柱を生み出している。
 転生神だ。
 何度となく聞かされた単語を、陸は胸の内で繰り返す。守らなければならない、死なせてはならない、だが同時に信頼できる希望その物でもあった。
「行くぞシンセー」
「お、おうっ! 置いてくなよっ陸」
 青葉と梅花、二人につられるように皆が走り出した。群がる魔族の怒号が降り注いだ。

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