white minds

第三十三章 流れゆく時の中で‐4

 照りつける太陽の下、滝は基地の入り口に立っていた。むっとした陽気が冷夏といえども季節を感じさせてくれている。
 何故こんなところにいるかといえば、目の前の男が理由の全てだった。鼻眼鏡を指で押さえながら、ケイルが苦い顔でその場にたたずんでいる。
 ケイルの気が側に来ていると、レンカが彼に伝えた。入り口は無断で入ることができないようロックがかけられていて、簡単には入ることができない。入るためには神技隊らが持つ薄緑色のカードを通さねばならなかった。だからケイルは待っているのだろう。それで仕方なく滝は用件を聞きにこうして出てきたのだ。
「何かあったんですか?」
 尋ねながらも事情は予測できていた。レーナや梅花から宇宙が大変なことになっていると、既に耳にしていた。星々で下級の魔族が暴れ回っているらしい。十中八九そのことについてだろうと思いながら、うなるケイルを見つめる。
「宇宙でのことは、知っているか?」
「下級魔族が暴れてるって話ですか? それなら知ってますが」
「なら話は早い。頼むのもおこがましいとは思うのだが、加勢に行ってもらいたい」
 予想はずばり的中だった。滝は心中でため息をつきながら、目を細める。地球の神が戦力不足なのは周知の事実だ。それでも何故だか他の星から応援要請は来るらしい。シリウスが神技隊へ助けを求めてきたのならまだわかるが、今回ははたしてどうだろうか。
「転生神がいるだろう、と言われては返答のしようがなくてな」
「もうばれてるのか?」
「この間のリシヤの封印は既に有名だ。しかもレイスとツルギのこともいつの間にか知れ渡っている」
 ケイルは唇を噛みしめた。言われてみれば、リンがレイスだと最初に気づいたのは宇宙でのことだった。アーデスでモイシェラという神が顔を覚えていたのだ。
 確かに、それならばれるな。
 なら魔族の横暴を何とかしてくれ、と思うのも無理はないのかもしれない。おそらくベルセーナの復活のことも噂にはなっているのだろう。だとすれば転生神じゃなくては、という声が上がってもおかしくない。
「だが私たちはお前たちに行って欲しくない」
 言い切るケイルに、滝は苦笑した。素直というより本音その物だ。できれば転生神を危険なところへ行かせるなと、今まで彼らは散々言ってきた。転生神が消えるのではという不安を打ち消すために子どもを要求する程だ。
「それはわかってますけど」
「だが宇宙での悲鳴を無視するわけにもいかない」
「それは辛いところですね。で、どうしろと?」
「だから転生神一組を残して行って欲しい。人選はそちらに任せる。とにかく転生神が宇宙へ向かったと体裁を整えればいい」
 あまりの言いように、滝は一瞬言葉を詰まらせた。率直だ。とりあえず文句を言われないようにということのようだ。
「ずいぶんな要求ですね」
「君たちの戦力が足りないのは十分わかってるからな。魔族を一掃してきてくれとは頼めない」
 ケイルは苦笑いを浮かべていた。彼らは彼らなりに譲歩しているということだ。滝は右手をひらひらさせながら相槌を打った。
「じゃあ本当は一掃した方がいいってことか。なんならしてきますが」
「何?」
「レーナたちの話では、暴れてるのは下級魔族だけです。五腹心……いや、ラグナはむしろそれを止めている。彼が通った場所では戦闘は収まっています。ベルセーナも魔族界を動いてません。やれと言われればできない話じゃないです」
 言いながら、無茶なことを言ってるなと滝は思った。魔族がどれだけの範囲で暴れてるかは知らないが、相当広いに違いない。いくら実力差があっても時間がかかる。一掃というのは難しいだろう。
「大した自信だな」
「五腹心が協力してくれるなら、無謀ではないでしょう」
 笑いながら滝は腰に手を当てた。ケイルも笑い声をもらし、口元に手を当てる。
 混乱を深めてはいけないと、レーナは焦っているようだった。何かが押し迫っているかのように、彼女は確かに怯えていた。
 ベルセーナの封印は解けた。でも危惧していたような状況には至らず、むしろよい方向へと向かっているように思える。
 それなのにまだ何かあるのか?
 自問しながら彼は空の一瞥した。青々とした中に大きな雲が浮かび、夏の陽気が降り注いでいる。だがその先は冷たい黒い空間が広がっているのだろう。
「その辺りはお前たちに任せよう。ではシリウスに連絡を取っておくから、詳しいことは相談してやってくれ」
「シリウス?」
「宇宙のことはあいつが一番よく知っている。いきなり乗り込むよりもやりやすいだろう」
 ケイルは手を振ると踵を返し、歩き始めた。残された滝はその背中を見送りながら、軽く手を振り返す。
「まだ、何かがあるんだよな。そうだよな? レーナ」
 つぶやきに答える声は、無論なかった。




 シリウスが到着するのを、滝たちは待っていた。
 レーナの転移という常識を越える移動手段を得た彼らは、十九日にはファラールの大地に立っていた。五腹心との戦いを思い出させるこの地は、少しずつ活気を取り戻しているようだ。古びた教会の中で誰もが感慨深げな表情をしている。
 ファラールを出てから約二週間。まさかこうも早く戻ってくることになるとは思わなかった。あれだけの被害を受けてもビート軍団を入れて二十六人が来たのだから、予想していたより回復は早いと言っていいだろう。
「来たな」
 入り口側にいたレーナがつぶやいた。薄暗い室内でも彼女の存在は際だっている。気の輝きとでも言うべき凄みが、いつにも勝っているのだ。それが彼女の不安を投影しているか否かは滝にはわからない。
 今にも壊れそうな音を放って、扉が開いた。
「すまない、遅れた。みんな揃っているか?」
 落ち着いたシリウスの声が室内に反響した。入り口を見やれば、逆光を浴びた青い髪がいち早く目に飛び込んでくる。人間の間に潜り込む時は目立つため姿を変えているというが、神技隊の前ではそれはなかった。既に彼らが魔族や神を見慣れてしまったせいだろう。
「みんな揃っている」
 問いにはすぐにレーナが答えた。シリウスは彼女を一瞥すると、辺りにいる者をぐるりと見回す。この人数が彼にとって多いのか少ないのかは判断できなかったが、冷静な顔のままだった。
「そうか。時間も惜しいところだからさっそく始めよう。まずは現状の説明からだが」
 彼が言葉を切ったので、滝はゆっくりと近づいていった。シリウスと視線が合い、複雑そうな微笑みが向けられる。
「宇宙中が大騒ぎといった状況だ。下級魔族が縦横無尽に暴れている。だから止めるためには最低でも四手に分かれなければならない」
 彼が口にした事実に、皆の表情が凍り付いた。つまり六人程度でやっていかなければならないということだ。一つずつの受け持ちがどれくらいかにもよるが、決して楽な仕事ではないだろう。
 滝はつばを飲み込んで、拳を握る。
「まあそうだろうな。で、どこの規模が一番大きい?」
 しかしレーナに慌てた様子はなかった。そのことが幾分か皆を安心させ、どよめきが減っていく。つくづく影響力の強い奴だと、滝は思う。勝機があると、そう感じさせる力を持っているのだ。
「ネオンだな。次はカイキあたりか。だがレーナの方も隠れてはいるが数は多そうだ」
 シリウスが答えると、隅の方で控えてるネオンとカイキが顔をしかめるのがわかった。神の連合名なのだから仕方はないが、違和感がないといえば嘘になる。滝たちにとってもそちらの方が馴染みがあるのだ。
「あーそうか。じゃあわれとアースが主力でネオンに行こう。カイキはお前がアキセやサホあたりと一緒にやってくれ。レーナが滝たちで、イレイがシンリンだな。残りは細かく振り分けだ」
 レーナはすぐさまそう判断し、手をひらひらとさせた。あまりの早さに目を見開き、滝は隣にいるレンカと顔を見合わせる。
「リシヤがいれば数が多くてもあちらから勝手に集まってくれる。広いイレイは宇宙で人望があるレイスやツルギの方がいいだろう。カイキはシリウスの庭だし、問題はなかろう?」
 説明するようにそう言うと、レーナはいたずらっぽく微笑んだ。適当に決めたのではないと強調してるらしい。
「私はもちろんかまわないが」
 シリウスは即答すると、滝たちの方を見た。問いかけるような瞳に、滝はうなずいてみせる。
「不安がないわけじゃあないが、やってみるさ」
「人望生かせるかどうかわかりませんが、オレもやってみますよ」
 滝が苦笑すると同時にシンの声が上がった。宇宙で放り出されることにも、皆大分慣れてきたらしい。信じがたい事態にも対処する癖がついたと言うべきか。
「じゃあ残りを分けてから、作戦会議と行こうか」
 レーナの不敵な声に、全員が相槌を打った。

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