white minds
第三十四章 それぞれの戦い‐1
小道を歩きながら、ダンは考えていた。
前を行く滝とレンカは先ほどから何か相談し合っている。難しい顔だ。いつもそうだが次の行動は二人によって決められていた。そこにダンが入る隙間はない。
でもオレにも何かできるはずだ。
そう彼は自分に言い聞かせるようつぶやいた。後ろではすいがヨシガたち三人を鼓舞している。すいのちゃらけたような口調は、緊張をほぐすのには適していた。
「わてらにかかれば魔族なんてほいほいや」
「あ、でもこの間はかなり苦戦しましたけど」
「苦戦? あれは苦戦にうちに入らん。気合い入れておりゃーと突っ込めば奴らびびるで。そうすればこっちの勝ちや」
意気揚々とするすいに、ヨシガは困惑気味の返答をしている。この間のと言えばベルセーナが復活した時のことだろう。今までの戦闘を思えば苦戦とは言えないが、初めての相手があの人数では縮こまるかもしれない。
「オレは陸に助けてもらったしなー」
ぼやくようなシンセーの声がした。まだ十五か十六だったなと、ダンは思い返す。
つまり会ったばかりのミツバと同じってことか。
そんなことを考えた時、何かがひらめいた。ちょっと昔のことだが、すっかり忘れていた。『上』は自分たちを使って何を企んでいたのか。
「オレらが囮になればいいんじゃねえ?」
彼が声を上げると、前を歩いていた滝とレンカが振り返った。二人の顔には驚きの感情が張り付いている。
「だってそうだろ? リシヤ目当てに確かに魔族は集まるかもしれないけど、本当に下級の奴は逃げ出す可能性がある。でも中途半端な奴らだったらいけるんじゃねえか? 精神手軽に集められそう、ってあいつらに思わせればいいわけだし」
まくし立てるようにそういうと、滝とレンカは顔を見合わせた。だが反論は違うところから上がった。背後にいたシンセーが慌てた様子で走り寄ってくる。
「ダ、ダン先輩! それってもしかしてひょっとしてオレたちも入ってるとか!?」
「当たり前だろ。何だよ、オレとすいだけにやらせようっていうのか?」
言い返すと顔を真っ赤にしてシンセーは言葉に詰まった。恥ずかしいのか怒っているのか掴みにくい表情だ。
「囮……具体的にはどうするんですか?」
焦りながらもヨシガは落ち着いた声音で問いかけてきた。三人の中でも感情の表れにくい彼は、ダンとしては扱いにくかった。からかえないし気を遣うにも困る。頭をかきながら、ダンは滝たちの方を一瞥する。
「面倒な作戦とかは考えられないけどな。魔族が暴れてるところにオレたちが行って、そんでもって倒さない程度に戦ってればいいんじゃないか? そしたらきっと他の魔族が加勢に来るぜ。これくらいだったら精神奪えるかもって」
レンカが笑っているのがダンの視界に入った。良い案じゃない、と言っているようだ。
「ダン先輩にしちゃあすごい案ですな! わて感動しましたわ」
「何だよ、すい。オレだって実は結構やれるんだぜ」
手を叩くすいへ、ダンは手をひらひらとさせる。敵をおびき寄せるのだから危険は承知だ。だが滝やレンカがいるからこそ、提案できるのだ。
「集まった魔族を、どうするんですか?」
おそるおそるゴウクが尋ねてきた。身長がホシワよりも高い彼は、現在神技隊の中で最も大きい男だ。だが気が優しくて弱気になりやすいと、青葉は言っていた。問う声も今にも震えそうだ。
「もちろん、滝とレンカが一掃する」
「一掃じゃないわよ、ダン。封印するんだから」
ダンが胸を張るとレンカが口を挟んできた。言い切る彼女を、ヨシガたち三人がきょとりとした顔で見つめる。
「封印?」
「あれ? 話してなかったっけ? 私転生神リシヤだから、封印する力があるのよね」
彼女は笑顔でさらりと告げた。あまりにも自信たっぷりで、思わずダンも呆けてしまう。
リシヤの記憶を取り戻した。
だがそれは力を取り戻すことと同じなのだろうか?
不思議でならないが、彼女が言うのならできるのだろう。ダンはそう納得すると、怯える三人へ笑顔を向ける。
「というわけだから、オレらが囮になるってことでいいよな」
「だ、ダン先輩は何でそんなに嬉しそうなんですか?」
「考えてみろよ。絶対勝てると思って浮き足立ってる奴らを一網打尽にするんだぜ。すごいすかっとするだろ」
にーっと笑ってやると三人は呆然とした顔をしていた。そんな理由で、と思っていることだろう。
「いいなあ、ダン先輩! それわても賛同や」
「だろ?」
少しでも気分を軽やかに、元気よくいかないとな。
ダンは心の中でつぶやきながら足を進めた。
「いた、獲物だ」
そうささやいて走り出すダンを、ヨシガは追った。
空を飛んで小さな町へと降り立ってからすぐのことだった。魔族の気を辿ってきたわけだが、こうも早く出くわすとは思わなかった。数人の男たちが露店の前で何かを話し合っている。
「行くぞ!」
ダンのかけ声に、皆がうなずいた。この場に滝とレンカの姿はない。どこかで気を隠しながら様子をうかがっているはずだ。
適当に相手の体力を奪いながら、決定打を放たない。
合い言葉を胸中で口ずさんで、ヨシガは駆けた。店の前では四人の男たちが二人の少女を囲んでいた。まだ幼い少女たちは震え上がって青くなっている。
「おいっ」
そのうち一人がヨシガたちに気づいた。振り返った男の右手がこちらを指さしている。
「可愛い女の子をいじめるとは、性悪な奴らだなあ」
ダンのとぼけた声が辺りに響いた。いつの間にか手にした槍を振り上げて、彼は魔族の腕を払いのける。そのまま体勢を崩した男へ、すいが飛びかかった。
「何だ!?」
もう一人の男へ、今度はヨシガが足蹴りをくらわせた。とにかくまずは少女たちを逃がさなければならない。だが怯えた二人はその場を動けず、うずくまったままである。
「ゴウク、二人を!」
「ああ」
ヨシガの叫びにゴウクがうなずいた。ゴウクは少女たちを軽々と持ち上げると、来た道を引き返していく。
これで丁度四対四。何とか戦闘を長引かせないと。
相手と間合いを取りつつヨシガは構えた。得意なのは遠距離だが、それを使うと周りの家にも被害が出てしまう。
「……技使いか」
対峙している男が、意味ありげに口の端を上げた。何か企んでくれているらしい。作戦通りなのを期待しつつ、ヨシガはじりじりと後退する。
とにかく相手の攻撃を交わしつつ、四人は威力の弱い技を放ち続けた。確実に当たるよう、小さな矢を無数に放ち、相手が近寄れないようにする。ゴウクが戻ってきてもそれは同じだった。彼はシンセーと一緒に、小柄な魔族を相手する。
「来たな」
小さくダンがつぶやくのを、ヨシガの耳は捉えた。確かに人間のものではない気がさらに近づいてきていた。隙を見計らって空を仰げば、数十人もの男が空からやってくるのが見える。応援要請を聞きつけたというところか。
「結構来たなー、二十人はいるでー」
すいの声には嬉しげな響きと焦りの感情が交じっていた。それがわざとなのか本音なのかヨシガにはわからない。
でも大丈夫だ、滝とレンカがいる。
そう言い聞かせてヨシガは拳を握った。だがその途端、軽い足音が響いて魔族たちが一斉に地上へ降り立った。突如近づいた気配に、思わず彼は固唾を呑む。
「これならかなりの精神が集まりそうだな」
降り立ったばかりの男が、口の端をあげた。彼の手には何とか手に収まるくらいの透明な瓶が握られている。
あの瓶に精神をためるつもりだろうか?
予測しながらも、ヨシガは周囲への警戒を怠らなかった。魔族に取り囲まれた状態だ、油断はならない。
「なっ――!」
だが前方から、小さなうめき声が上がった。
はっとして空を見上げれば、幾筋もの黄色い光が瞬く間に地上へと落ちてくるのが目に映る。
そのあまりのスピードに、咄嗟にヨシガは動けなかった。しかし光は彼を直撃せず、周りにいる魔族を次々と餌食にする。
「滝!」
ダンの叫びが技の主を示したが、肝心である当人の姿は確認できなかった。死んではいないが動けない魔族たちが、苦しげなうめきをもらしている。
「おとなしく、眠りなさい」
艶のあるささやきが、どこからか聞こえてきた。すぐ傍にいるようでどこにいるかわからない。風に溶け込んだ声が、自分の体を取り巻いているようだった。ヨシガは深呼吸しながら辺りを見回す。視界の隅に呆けた顔のシンセー、ゴウクが見えた。
レンカだ。
それはわかるのにやはり存在が確認できない。それでもここから離れなければいけないことは覚えていた。おそらく封印が始まる。
「シンセー! ゴウク!」
名前を呼びながらヨシガは走り出した。ダンとすいなら自分で逃げられるから大丈夫だろう、心配なのはこの二人だ。
立ちつくしたままのシンセーの腕を引っ張り、ヨシガはひたすら駆けた。はっとしたゴウクも続いてきたので、彼はほっとする。
刹那、背後から強烈な『気』の圧力を感じた。肩越しに見やれば薄紫色の光が、柱のように空へと伸びていた。宇宙まで突き抜けるような恐ろしい光。ヨシガはゆっくりと足を止めながらそれを呆然と眺める。
「うわぁ」
「これが、封印」
隣ではシンセーとゴウクが目を丸くして同じように眺めていた。これが転生神の、リシヤの力だ。
どれくらいの時間がたっただろうか。次第に柱は細くなり、しまいには糸を引くように途切れていった。たたずんだヨシガは、光の消えた先に同じように立ちつくすダンたちの姿を発見する。
「これで、第一弾成功ね」
軽やかな声がすぐ傍の屋根から聞こえてきた。慌てて振り仰げば、店の赤い屋根の上に滝とレンカが立っている。
「はい、成功です」
無理矢理笑顔を作ってヨシガは答えた。今まで普通に接してきた人物が、とてつもなく大きな存在に見える。
「じゃあ人々が出てこないうちに次の場所へ移動しましょうか」
微笑むレンカに、ヨシガはうなずいた。
ダンたちの走り寄ってくる足音が、すぐそこまで来ていた。