white minds

第三十六章 悲しい賭の先に‐3

「まずは現状確認だが」
 そう言いながらレーナは手近な椅子の背に手を置いた。皆の視線は、彼女へと真っ直ぐ向けられている。司令室は一瞬で静まりかえり、それまでのざわめきが嘘のようだった。彼女はゆっくりと小首を傾げる。
「メイオたちが生まれた辺りまで聞いたということは、滝たちのことはもう出たんだな?」
 確認のため問いかる視線に、滝と青葉がうなずいた。
「ああ、それは聞いた」
「えーと、名前が出たのは滝にいとレンカ先輩、あと梅花とオレかな」
 しかし返ってきた答えに、彼女は眉をひそめて深々とため息をつく。脱力したのか、掴まっていた椅子がガタリと音を立てた。彼女はちらりとシリウスの方へ視線をやる。
「ほとんど話を聞いてないに等しいじゃないか。面倒なところちゃんと残してるな」
「あ、レーナも出てきたな」
「それでも足りない。わかった、まずはそこを話してしまおう」
 ポンと手を叩く青葉へ、レーナは苦笑を向けた。だが気楽な声で答えた青葉は、彼女が何故そんな顔をしているかわからないといった様子だ。それでも彼女は気を取り直したらしく、右手の人差し指を立てるとそれを滝へと向ける。
「滝ことセイン直属の部下は、全員で六人いる。梅花ことレイン、青葉ことブレードと、メイオ、スピル、カーム、ウィックだ。レインは実際は白き者だが、やたら狙われるセインのためにホワイトが派遣したような感じだ。この六人は普通は直属組と呼ばれ、力はセインに次ぐ」
 レーナはぐるりと周りを見回した。真顔になった神技隊の面々は、声も漏らさずにじっとその場にたたずんでいる。
「で、メイオというのがシン、スピルというのがリンだ」
 今度は彼女はシンたちの方を見た。シリウスのすぐ傍にいた二人は心構えでもあったのだろう、軽く相槌を打って苦笑する。
 それは、周囲の者たちも同じだった。二人の名が出てくるのは当たり前だ。どこに来るかがわからないだけであり、出てくること自体に驚きはない。だからこそ落ち着いていられた。衝撃も同様もざわめきも生じない。
「それで残りのカームとウィックだが、カームが陸でウィックがすずりだ」
 続けて、レーナはできるだけゆっくりとその名前を口にした。その途端、一瞬時間が止まったようになる。
 皆の呆然とした眼差しがおもむろに陸とすずりへと向けられた。驚きを隠せない、いや信じがたいといった表情だ。彼らはまだ頼りなくて、強いには強いのかもしれないが上位の神だと言われてうなずける程ではなかった。
 そしてその当人たちの反応が、それに拍車をかける。
「え、ええっ!? オレ? 今オレの名前出ました? ってひょっとして兄さんたちと同じ……やった! 兄さんたちの仲間だ!」
「わ、私? 私がウィック!? ってことは青やリンさんと同じってことだよねー!? わーすごいっ! 私すごい! やった! 嬉しい!」
 信じられないと呆然とするのでもなく、驚愕するのでもなく、二人は嬉々としてはしゃいだ。輝いた瞳からは事態の重さを理解しているようには思えない。立ちつくす者たちの中で、二人だけ無邪気に喜んでいた。
「これだから天然組は……誰かあいつら黙らせてくれ」
『了解』
 頭を抱えたレーナの要請に、青葉とリンの声が重なった。二人は即座に行動に移り、踊り出しかねない様子の陸とすずりの口を塞ぐ。もごもごといううめきを横耳にしつつ、レーナは柔らかに微笑んだ。
「では静かになったところで続きを話そう。直属組には一人か二人の部下がつけられている。能力やら体力やら、あんな感じの性格やらの問題点を補うためだ。だが残念ながら青葉ことブレードと、陸ことカームの部下は既にこの世にはいない。けれどもそれ以外は、全員ここにいる」
 彼女の言葉で、皆の意識も闇歴の話へと戻ってきた。陸とすずりの声は次第に小さくなって、しまいには全く聞こえなくなる。
「シンことメイオの部下がそこにいる説明下手のシリウスだ。愛称はクーディ。仕事はできるけど人間関係に疎い奴だ」
「余計な説明が多いぞ。大体、お前に言われたくはない」
 にこやかな顔でレーナが説明すると、壁に寄りかかっていたシリウスがそう口を開いた。そんな彼へとシンが呆然と視線をやる。何か言いたくてもうまく言葉にできないようだ。
「オ、オレの部下がシリウスさん?」
「大丈夫、様とか殿とかつけて呼んでなかったから。神は魔族と違ってその辺にこだわりないんだ。セインでさえ呼び捨てだからな」
 顔をしかめるシンへと、レーナはそう付け加えた。言わんとすることがわかったらしい。苦笑したシンは安堵に胸をなで下ろしながら、何度か相槌を打った。
「シリウスさんにそんな風に呼ばれたら、オレは耐えられない」
 そう言うシンへと、今度はシリウスが怪訝な視線をやる。何の心配をしているのだと、問いかけたい様子だ。
「そして梅花ことレインの部下が、ラウェイとスェイブだ。ラウェイがよつきで、スェイブがジュリ」
 そんな二人の様子は意に介せず、レーナは今度はよつきとジュリへと手を向けた。突然名前を出された二人は、自らを指さして顔を見合わせる。
「わたくしですか? いやー、困りましたねジュリ。神らしいですよ、わたくしたちも」
「よつきさんと一緒ですか。なるほど、そんな頃からの腐れ縁だったんですね。どうりで得体の知れない何かを感じ取るわけです」
 だが二人の反応も、普通のものとは違っていた。何故だか照れた様子で頭をかくよつきへと、ジュリは底の知れない微笑みを向ける。どちらも同様とは無縁の反応だった。ジュリの場合は諦めにも似た何かを感じさせる。
 まるで感覚が麻痺したのではないかと、普通はそう思うだろう。一人ではないからなのだと考えれば納得はできるのだが、それにしても奇妙だった。
「さて、じゃあ異論もないようなのでさっさと次へ行くな。残ってるのはスピルとウィックの部下だが、ともに二人ずついる。スピルの部下がヒートゥとミィーンで、これがアキセとサホだ。ウィックの部下がフィーリンとイアルで、これがユキヤとあけり」
 驚愕の反応がないのをいいことに、レーナはさらさらと続きの名を口にした。たまたまだろう、モニター下に座っていた四人は、目を丸くして互いの顔を見合う。
「オ、オレたちも!?」
「わ、私なんかが、そんなリンさんの部下だなんて」
「オレ? へ、何で!? ってかあけりと一緒かよ」
「えーあーうー、それってすずりちゃんの部下ってことだよね……。しかもジュリさんやサホちゃんと同列で」
 思い思いの言葉を発する四人は、それぞれに混乱しているようだった。ある意味常識的な反応だ。互いに会話にならない言葉を繰り返している。そしてそれが引き金となり、部屋にざわめきが広がっていった。それまで溜まっていた何かが一気に吹き出したかのように。
「何だか心強さを通り越して、先行きが不安になってきたんだが」
 辺りの面々を見やりながら、滝が半眼でそうつぶやいた。自分だけではない、仲間がいるのは嬉しい。しかしどうも問題な顔ぶればかりだと、その瞳は語っている。
「だからあまり言いたくなかったんだ。だがわれはこれからもっと嫌なことを言わねばならない」
 そんな彼を一瞥して、レーナはもう一度深くため息をついた。
 彼女の声音が落ちたことに気づいて、滝は眉根を寄せる。同じく傍で聞いていた数人が、訝しげに顔をしかめた。
 そう、彼らはまだ皆が生まれたところまでしか聞いていない。しかし事が深刻化したのはそれからなのだと、彼女は知っている。
 皆が落ち着くのを待ちながら、レーナは微苦笑を浮かべた。面倒な『今後』を考えながら、そっと静かに。

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