7 髪を弄る
8 たよりない笑顔だったから
9 捨てられた猫のような ★5/25
11 密接空間
14 月を待たずに
15 長い睫毛
18 寂しいんだよ
22 ゲームのルールのような
24 待って
25 吹きやまない優しい風
26 空を見上げる二人
28 綺麗の秘密
29 鍵を探そう
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16 無意識 (第十九章読了推奨)
スクリーンに広がる雲はどんよりと曇っていた。草木も今頃は冷たい風に揺れていることだろう。初雪もそろそろかもしれない。
「冬か」 いつも通り司令室の指定席に腰掛けながら、滝はつぶやいた。冬はあまり好きではなかった。ずっと昔、奇病が流行った頃のことを思い出すからだ。多くの者たちが死んだ時のことを、自分の無力さを思い知らされた時のことを、どうしても考えてしまう。 「滝、ほらコーヒー」 すると右横から不意に声がかかり、彼は視線をそちらへやった。白いカップを手にしたミツバが輝かんばかりの笑顔を浮かべている。そこからはゆらゆらと湯気が立ち上っていた。ふわりと漂ういい香りに思わず頬がゆるむ。 「ああ、悪い」 「あんまり張りつめないでよね。魔族の動きがわからないからって」 カップを受け取りながら滝は苦笑した。ミツバの言う通り、ずっと張りつめているわけにはいかない。それでは疲れ切ってしまうだろう。だが油断するわけにもいかなかった。この間のようにレーナに助けてもらうようではまずいのだ。そのバランスが難しくて困るわけだが。 「わかってる」 答えた彼はカップに口を付けると、かぐわしい香りを吸い込んだ。いつも通りの安堵する香り。彼はおもむろに目線を左へと持っていった。 そこにはレンカがいた。いや、いるのはわかっていた。気で判断できるから当たり前だ。彼女は白いカップを手にしながら梅花と何やら話をしている。内容までは聞こえてこないが難しい話らしい。二人とも眉根を寄せていた。 いつもそうだ。 別に話があるわけでもないのに、いることはわかっているというのに、つい視界に入れてしまう。それはほぼ無意識の行動だった。気持ちが沈んでいる時や動揺している時はなおのことで、まるで反射のように彼女の姿を確認してしまう。子どもみたいに。 「病気だな」 「何が?」 つい声をもらして苦笑すると、ミツバが問いかけてきた。滝は首を横に振りながらもう一度カップに口を付ける。このコーヒーもレンカが入れたのだろう。いつもと同じ味でほっとした。先ほどまで胸の奥底にあった硬いしこりが、ほんの少しだけほぐれた気がする。 「いや、別に。何でもないさ」 「何でもないわけないでしょー。もう、滝っていつもそうだよね。考えてることほとんど話さない。レンカにしか言わないでしょう」 そしてミツバの言葉にさらに口の端が上がった。 溜め込んでいることを、思っていることを口にしないのは小さい頃からの癖だ。若長に選ばれてから顕著になった、どうしようもない癖。 だがそれもレンカに対してだけは違う。何も言わなくてはわかっているかのような微笑みを見れば、つい愚痴までもれてしまうのだ。それは青葉やシンに対して持っている安心感とはまた別の、一種の信頼のようなものなのだと思う。 彼女は自分の後ろに立つ存在ではない。横に立つ存在だ。 だから気張らずにすむのだろう。頼り切っているとは思わないが、しかしそれまで出会った他の誰とも違う存在だった。それが心地よい。 「ねえレンカー。滝がさ、何か考え込んでるみたいなんだけど」 だがそこで突然ミツバが声を上げて、滝は咳き込みそうになった。まさかそう来るとは予想しなかった。彼は慌ててレンカたちの方へとまた目線を移す。二人は話し合いの最中だったはずだ。ミツバの声が聞こえてなければいいとひそかに願うも、それはすぐに無惨に打ち砕かれる。 「なあに?」 梅花はやや不思議そうに、レンカは普段通りの微笑で振り返った。互いにそれまでの話などなかったかのような表情だ。その切り替えの速さには舌を巻きそうになる。神技隊の女は強し、といったところか。 「おい、ミツバ」 「だってさー僕じゃ手に負えないし」 「んな大したことじゃない」 「滝はいつだってそう言うでしょう?」 言い返してくるミツバを、滝はあきれ顔で見た。本当今回は大したことではないのに、彼女たちの話を中断させてしまった。ただ無意識な自分の行動に苦笑しただけだというのに。 「あら、滝なら大丈夫よ」 けれどもレンカはそう言ってくすりと笑った。ミツバは不思議そうに目を丸くし、首を傾げる。滝はゆっくりと彼女の方へ眼差しを向けた。 「ね? 滝」 「ん、ああ」 視線を交えた彼女はやはり穏やかな笑顔を浮かべていて、それなのにどこか悪戯っぽい気配があった。まるで全て見透かされてるようだ。だが、それでも不思議と嫌な気分にはならない。むしろ何故かほっとする。 「うわー何かわかりあってるしー」 「いつものことじゃあないですか? ミツバ先輩」 泣きそうなミツバの声と、やや醒めた梅花の声が司令室に染み入った。 滝は思わず笑いながら、もう一度カップに唇を寄せた。 |