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7 髪を弄る
8 たよりない笑顔だったから
11 密接空間
14 月を待たずに
15 長い睫毛
18 寂しいんだよ
22 ゲームのルールのような
24 待って
25 吹きやまない優しい風
26 空を見上げる二人
28 綺麗の秘密
29 鍵を探そう
16 説明できない (第三十二章読了推奨)
「ねえ、青はどうして梅花先輩を好きになったの? どこを好きになったの?」
 テーブル越しの唐突な質問に、青葉は目を丸くした。食堂での静かな朝食中のことだ。目の前にいるすずりは至極真剣な表情で彼を見つめている。冗談ではないらしい。まだ早いためか人は少なく、テーブルについている者は二人の他はいなかった。もっとも動ける者自体が少ないのだが。
「な、何だよ急に」
 彼はちらりと厨房を見た。倒れたレンカの代わりに今日は彼女が朝食を作ってくれているが、今は姿が見えない。奥に入っているのだろうか? 桔梗はまだぐっすり眠っており、万が一のことがあってもメユリが面倒を見てくれることになっていた。少ない人員を有効活用といったところだ。
「だって聞きたいんだもん」
「あのなあ」
「参考にしたいの」
「何の参考だ、何の」
 彼はカップをテーブルに置くと、呆れた顔で頬杖をついた。梅花が会話に気づいた様子はない。どうやら準備やら何やらで忙しいらしい。だがそれでも彼は渋った。そもそもそんな話題堂々口にすべきものではないし、口にしたらしたで惚気と言われるのだ。
「これからの参考。ほら、そのうち巡ってくるかもしれないチャンスのために」
「よくわからん」
「いいからー出し惜しみしないで教えてよー。それともひょっとして好きになってないの?」
 すずりはテーブルを軽く叩いてから首を傾げた。食器が触れ合って耳障りな音を立てる。表情から察するに他意はないらしいが、彼はむっとし口をつぐんだ。気持ちを疑われるというのは気分のいいものではない。彼はもう一度厨房をうかがい、梅花が奥へと引っ込んでいることを確認した。そして口を開く。
「何でそんな結論になるんだ」
「だって青が渋るんだもん」
「オレのせいにするのか。よーしわかった、言ってやるからよく聞けよ。覚悟しろよ。そりゃまず可愛いし細いし小さいし、それに頭いいし強いし優しいし気が利くし――」
 すずりが顔を歪めるのもかまわず、彼は列挙し始めた。一度リン相手にやって呆れられたことのある手法だが、今回はしつこくねだられたのだからこちらに非はないはず。スプーンを持っていたすずりの手が止まった。
「それに最近は何かやたら可愛いことばっかり言うし、すごく嬉しそうに笑ってくれるし」
「あーうー」
「仕草も可愛いんだよなあ。無意識らしいけど」
「も、もういいです」
「は? もう降参? リン先輩はもっと耐えてたぞ?」
 そう言うとすずりは不満そうに頬を膨らませた。小さい頃からの癖だがこの年になっても直ってないらしい。わざわざ食器を横に避けて机に突っ伏す姿も、恨めしそうに見上げてくる顔も、見慣れたものだった。彼は口角を上げる。
「私がリンさんと同じになれるわけないでしょ!」
「そーか、そりゃ悪かったな」
「それに、私が聞きたいのはそういうことじゃなくて」
 がばっと音を立てそうな程勢いよく上体を起こすと、すずりは唇を尖らせた。彼は首を傾げてそんな彼女を見つめる。では何を聞きたかったのだろうかと疑問が浮かんだ。
「きっかけとか、そういうのを聞いてるの!」
 すると唐突に彼女は声を大きくした。梅花に聞かれやしないかと彼は慌てて厨房を一瞥するが、しかし幸いにも気づかれた様子はない。ほっとすると同時にむしろ反応がなさ過ぎて若干不安になってきた。忙しいのだろうか? 彼は目を細めてカップを手に取る。
「きっかけ、ねえ」
「そう。会ってすぐ好きになったの? 気になったの?」
「まあ、可愛いとは思ったけど」
「けど?」
 すずりの瞳は好奇心で輝いていた。彼はコップに唇を寄せて過去へと思いを馳せる。けれども決定的な一瞬というのは思い当たらなかった。可愛いと思ったのもつかの間、冷たさに幻滅し。だがそれでも実は優しいのだと気づいていって……。
「説明できないな」
「え? ええっ?」
「いつの間にか、な感じだからな」
「そんなあ」
 何かある度に、別の一面を発見するたびに気になっていったのは確かだろう。だがきっかけと呼べるようなものは思い当たらなかった。強いて言えば宮殿で彼女と偶然鉢合わせしたあたりが、意識の切り替わったところだ。しかしそれよりも前から気になっていたのは事実で。
「そういうのはな、普通わからないものなんだ。一目惚れならともかく」
「うーっ、ごまかされた感じ」
 苦笑しながらそう告げれば、すずりは不満そうに唇を尖らせてまたテーブルに突っ伏した。彼はその頭をポンポンと叩く。それでも彼女はうなるような声を発し続けていた。
「ま、参考にならなくて悪かったな」
 彼はそう言うとおもむろに立ち上がった。コップにはまだ冷めかけたコーヒーが残っているが、それよりも気になることがある。
「青?」
「ちょっと梅花の様子見てくる。こんな大声出してるのに気づかないなんておかしいだろ?」
「あーまた惚気かあ」
「そろそろ慣れろよこのパターンにも。リン先輩たちだとにやにやしながら見守ってるぞ」
 手をひらひらとさせながら彼は厨房へと向かった。背後からは無理ー、というすずりの嘆きが聞こえてくる。半分泣きそうだ。
 どうしてこんな些細なことでも気になるのか。心配になるのか。それさえも説明できなかった。大したことではないだろうと理解はしているのに、それでもこの目で確かめたくなる。
「重症だな」
 彼はつぶやいて歩調を早めた。苦笑がもれるのを、どうしても止められなかった。